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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(れ)2780号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

被告人三名の弁護人高山和雄、同金原藤一の各上告趣意は別紙記載のとおりである。

弁護人高山和雄の論旨第一点及び同金原藤一の論旨第一点の(一)について、

原判決は、その判示第一被告人等三名の共謀による窃盗の事実を認定する証拠として、被告人石川信雄及び被告人吉田登に対する検事訊問調書中同被告人等の右犯行を自白した各供述記載を挙げている。

よって、記録について精査するに、被告人石川信雄は昭和二三年三月二三日、被告人吉田登は翌二四日(判示犯行の日から約一ヶ月後)各逮捕せられ、茨城県江戸崎地区(元東稲敷地区)警察署において取調を受けたものであるが、その際右被告人等はいづれも最初右犯行を否認し後にこれを自白するに至ったものであり、被告人石川信雄は同月二五日、被告人吉田登は翌二六日それぞれ水戸地方検察庁土浦支部に送致され即日検事の訊問と更に水戸地方裁判所土浦支部において裁判官の勾留訊問を受け、その際いづれも右犯行を自白したものであることがわかる(被告人等はその後の取調にはいづれも犯行を否認した)。

ところで、右被告人等は第一、二審公判廷において、警察で自白したのは高山弁護人論旨第一点に記述するような拷問強制を受けその苦痛に堪えかねたためであり、検事の訊問及び裁判官の勾留訊問の際には警察から護送して来た警察職員が傍に附添って居り、殊に検事の訊問に際しては否認すると情を憎まれていけないといわれたので自白したものであると供述した。

そこで、原審は前記江戸崎警察署において被告人等の取調にあたった刑事大砂文作及び同青木利男を同警察署において証人として訊問したのであるが、その結果を調べて見ると、証人大砂文作に対する訊問調書中には次のような問答が記載されている。

問、二十三日に警察で石川信雄を取調べたね

答、左様です午前中から調べ始めました

問、最初から認めて居たか

答、最初は否認して居ましたが後で認めました

問、何時頃迄調べたか

答、午後九時頃迄調べました

問、何処で調べたか

答、刑事室部屋で調べました

問、刑事室部屋はどの位の広さか

答、八畳位の畳敷です

問、一部分板の間があるのではないか

答、畳一畳位の靴脱ぎをする板の間があります

問、その板の間と畳との間に仕切りがあって板敷と畳の間は高低があったか

答、あります

問、丁度其処の上に被告人等をずっと座らして調べたのではないか

答、左様です

問、吉田登は何時頃から調べたか

答、午前中から調べ始めました

問、何時頃迄調べたか

答、朝の四時頃迄調べました

問、どうして其の様に長く調べたか

答、最初否認して居た為長くかかったのです

問、結局最後は認めたのか

答、認めました

(中略)

問、午前中から翌朝迄調べた様だが其の間被告人等には正座さして居たのか

答、左様ですだが時々胡座をかいて居た様です

問、先程述べた刑事室の板の間と畳との間の敷居の上に座らして居たのではないか

答、後ろに戸棚がありますから其処へ座るとせまいので半分位やっと座敷に座れる位ですから板の間へもはみ出して居たと思います

問、被告人等にゲートルをさした侭正座さして居たのではないか

答、ゲートルをして居たかどうか記憶にありません

問、証人等が取調べる机の処からその敷居迄の距離は

答、三尺位あります

問、するとその机の処に寄りつけば畳の上に座れるのではないか

答、座れないことはありませんが其の様に机に寄りついて座れば人が通れなくなるので事実上は一寸後ろへ座らすので敷居に足がかかります

問、其の敷居の上に長時間座ると足が痛くならないか

答、多少は痛くなると思います

(中略)

問、新憲法下人権の尊重が新に強く叫ばれて居る折柄其の様な取調べ方をすれば被疑者が苦痛することを十分認識しながら何故その様な事を平然としてやったのか

答、………

此の時証人は黙して答えず

問、其の様な取調方をしてたとえ被疑者が自白しても何の証拠にもならない位の事は御存知の筈と思うが怎うか

答、(以下略)

又証人青木利男に対する訊問調書には、次のような問答が記載されている。

問、本件の捜査に関係したか

答、大砂部長刑事が此の事件の主任として捜査して居りましたが私は補助的に取調を致しました

(中略)

問、石川信雄の取調は何時頃から何時頃迄したか

答、昼過ぎに開始し午後九時頃迄かかったと思いますが(中略)大体しかわかりません

問、吉田登の取調は何時頃から何時頃迄したか

答、夕方から取調を始め夜半の十二時過ぎ頃迄取調べたと思いますがこれも(中略)確実ではありません

以上、各訊問調書の記載(本件において右証人の供述の真実性を疑うに足るべき資料はない)によれば、警察における被告人石川信雄等の自白は長時間に亘る肉体的苦痛を伴う訊問の結果なされたものであり、それは同被告人等の任意にもとづく供述とは到底認めることはできない。さればこそ、原判決もこの自白を証拠として採用しなかったものであると認められる。

しかるに、原判決は前記のように同被告人等に対する検事の訊問調書を証拠としている。しかし、右検事の訊問に対する自白は、果して任意になされたものということができるであろうか。記録によると、右検事の訊問は一両日に亘る警察における取調の翌日、その警察署から直接前記検察庁支部に連行されて行われ、その訊問の内容も司法警察官作成の意見書記載の犯罪事実を読み聞かせた上為されたものであることがわかる。しかも、その際護送の警察職員が附添っていて、自白を示唆したと被告人等が供述していることは前記のとおりである。されば、かような状況の下になされた検事に対する自白は特段の事情のない限り、同被告人等がその前日警察において長時間の肉体的苦痛を伴う訊問の結果した自白を反覆しているに過ぎないのではないかとの疑が極めて濃厚である。かかる疑を打ち消すべき特段の事情は本件記録上これを発見することはできない。若しそうとすれば、検事に対する右被告人の自白と警察における長時間の肉体的苦痛との間に因果関係がないとは言い切れない、すなわち、右検事に対する被告人の自白も多分に任意性を欠くの疑を包蔵するものと云わなければならない。しからば、原審としては右自白を証拠として被告人の犯罪を認定するに当っては、右自白と前示肉体的苦痛との間に因果関係がないかどうかについて十分に考慮をめぐらし諸般の事情を調査した上でこれを採証しなければならないと思われるにかかわらず、原審がこの点について審理を尽した形跡は本件においてこれを認めることはできない。とすれば、原判決にはこの点において審理不尽の違法があり、しかもその違法は判決に影響を及ぼさないこと明かとはいえないのであるから、原判決は破棄を免れないものである。(昭和二五年(れ)第六二二号、同二六年八月一日大法廷判決参照)

よって、爾余の論旨に対する説明を省略し、旧刑訴四四七条、四四八条の二に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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